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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)2139号 判決

原告

上越建設工業株式会社

右代表者代表取締役

前田智久

右訴訟代理人弁護士

古川晴雄

被告

株式会社東京商工リサーチ

右代表者代表取締役

高橋幸信

右訴訟代理人弁護士

小田切登

境野照彦

赤坂俊哉

被告

株式会社群馬銀行

右代表者代表取締役

荒井政雄

右訴訟代理人弁護士

中山新三郎

高山昇

被告

和田建設株式会社

右代表者代表取締役

和田正男

右訴訟代理人弁護士

内田欣治

主文

一  被告株式会社東京商工リサーチは、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和六三年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社東京商工リサーチに対するその余の請求並びに被告株式会社群馬銀行及び被告和田建設株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二〇分の一と被告株式会社東京商工リサーチに生じた費用の二〇分の一とを被告株式会社東京商工リサーチの負担とし、原告及び被告株式会社東京商工リサーチに生じたその余の費用と被告株式会社群馬銀行及び被告和田建設株式会社に生じた費用とを原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、五五三八万円及びこれに対する昭和六三年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞の各群馬県版に、別紙記載の謝罪広告を別紙の掲載条件で一回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告株式会社東京商工リサーチ

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告株式会社群馬銀行

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

3  被告和田建設株式会社

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は建物解体工事一般・産業廃棄物業等を主たる目的とする株式会社であり、被告株式会社東京商工リサーチ(以下「被告商工リサーチ」という。)は商工業に関する調査等を目的とする会社であり、被告株式会社群馬銀行(以下「被告群銀」という。)は地方銀行であり、被告和田建設株式会社(以下「被告和田建設」という。)は土木建築請負等を主たる目的とする会社である。

2  被告商工リサーチは、昭和六二年一〇月ころ、被告群銀からの依頼を受けて原告会社の信用調査を行い、原告会社に関する調査報告書(以下「本件報告書」という。)を作成してこれを被告群銀に交付した。

3  被告群銀は、同月ころ、本件報告書を被告和田建設に交付した。

4(一)  被告和田建設は、そのころ原告会社が計画していた産業廃棄物処分場開設事業(以下「本事業」という。)への参加を検討中であった。

(二)  被告和田建設は、本件報告書の内容をみた後、本事業への参加を取り止めた。

(三)  被告和田建設は、同年一一月ころ、本件報告書を本事業関係者である訴外奥原義登、同清水稔らに提示し、その内容を伝えた。

5  本件報告書には、以下のとおり、真実に反する記載及び読む人に誤った印象を与える記載が存在する。

(一) 原告代表者自宅二階に原告会社の事務所があるのに、「事務所はなく」と記載されている。

(二) 事実に反して「支店の東京北区も(有)上越興業との兼用とみられる」と記載されている。

(三) 原告会社には約二七名の従業員がいるのに「従業員数は代表含め六〜七名」と記載されている。

(四) 事実に反して「取引銀行は代表者の営んでいる(有)上越興業と兼ねて」いると記載されている。

(五) 原告会社所有の機械類等があった(昭和六一年当時においてパワーシャベル三台、トラック七台、乗用車三台、建設機械七機種)のに「各種機械も全く見受けられない」と記載されている。

(六) 原告会社には、王子信用金庫等から計一七五九万円の借入金があった(昭和六二年三月現在)のに「借入金の存在は聞かれない」と記載されている。

(七) 原告会社は不動産を所有しており資金調達能力も有していたのに、報告書には「固定資産もなく資金調達に余力は認められない」旨の記載がある。

(八) 原告会社は、昭和六二年度年間売上高三億三八八五万円、同所得金額三六二一万円の営業実績を有していたのに、報告書には昭和六〇年度の決算は売上・利益共にゼロとの記載があり、所見欄には「実質に乏しいものと認める」と記載されている。

原告会社は昭和六〇年七月に休眠会社を継承したのであるから昭和六〇年度の決算がゼロであることは当然であるが、本件調査が昭和六二年一〇月時点における原告会社の信用調査である以上、本件報告書の右記載は、昭和六二年一〇月当時における原告会社の営業実態・支払能力につき読む人に誤った印象を植えつけるものである。

(九) 本件報告書の企業規模・経営診断評点の格付欄は空白となっている。

これは他の記載内容と相待って、読む人をして原告会社が格付不能な最低ランク以下の企業規模・経営診断評点の会社であるとの印象を抱かしめるものである。

これらの記載により、本件報告書は、これを読む者をして、原告会社は資産も借入金もなく営業実績に乏しい格付不能の会社であって、本事業を遂行するだけの能力も資力もないものと印象づけ、原告会社の実態に即した信用に関する社会的評価を低下させるものとなっている。

6  被告商工リサーチの責任

被告商工リサーチは、本件報告書を作成交付することによって原告会社の信用・名誉を毀損することを認識していたか、少なくとも認識すべきであって、以下の点で過失が存在する。

(一) 被告商工リサーチは、信用調査を業とする会社として、被調査者の名誉・信用を傷つけることのないように十分事実関係を調査すべき注意義務がある。

本件においては、同社調査員である訴外関根教夫が報告書作成に際して行った調査は①浦和法務局における法人商業登記簿謄本及び原告会社本店所在地(原告会社代表者の自宅)の不動産登記簿謄本の閲覧、②昭和六〇年八月一〇日付建設業許可申請書の閲覧、③原告会社本店所在地における代表者の妻との僅かな時間の面談、④原告代表者との電話による若干の会話の四調査のみであって、これらの調査によっては昭和六二年一〇月当時の原告会社の信用内容を知ることは到底不可能であるから、被告商工リサーチとしては、更に、①原告会社の営業の本拠地である赤羽支店の訪問調査、②原告代表者との面談による聴取調査、③転居前原告会社所在地の不動産登記簿謄本の閲覧、④取引先からの聴取調査等の調査をすべき注意義務があったのに、これを怠った点に基礎資料収集上の過失がある。

また、本件のように、昭和六二年一〇月当時の原告会社の信用状態について十分な判断資料が得られない場合には、右時点における調査報告書の作成を断念するか、又は、判断資料が不十分で報告内容と異なる信用状態である可能性がある旨を報告書に明記して報告内容に関して誤解が生じないよう配慮すべき注意義務があるのにこれを怠り、不十分な調査資料から独断的に導き出した結論を記載してこれを読む人に誤った印象を抱かせる報告書を作成した点に過失がある。

(二) 企業の信用調査報告書が現代取引社会において有している意義・機能等に鑑み、また、本件では依頼者が個人ではなく銀行となっていた事実をも考慮すれば、本件報告書が第三者の手にわたることにより原告の信用・名誉が毀損されるおそれがあることは十分予見可能であるから、被告商工リサーチは本件報告書を交付するに際しては十分な漏洩防止措置を講じた上で交付すべきであるのにこれを怠り、何ら具体的・実効的な漏洩防止措置を施すことなく本件報告書を被告群銀に交付した点に過失がある。

7  被告群銀の責任

(一) 被告群銀は、原告会社が本事業を進めており、それに関して被告和田建設が原告会社の信用調査を求めていることを知っていたのであるから、原告会社に不利な内容の記載された本件報告書を被告和田建設に交付するにあたっては、それが本事業に致命的な影響を与えるであろうことを予見し、独自に裏付け調査を行うべき注意義務があったのにこれを怠り、本件報告書を漫然と被告和田建設に交付した点に過失がある。

(二) 被告群銀は、本件報告書記載の内容が被告和田建設から第三者に伝わることがないよう万全の対策を講じる義務、具体的には、①被告和田建設の事業内容、代表者の性格、原告会社との取引の有無・利害関係、調査目的等につき銀行独自で十分調査した上、調査内容が他に漏れる危険がないことの確信を得て始めてその内容を伝えるべき注意義務及び②調査内容を伝えるにあたっては口頭での報告にとどめ、報告書の原本や写しの交付は避けるべき注意義務があるのにこれを怠り、何ら右対策を講じることなく、本件報告書を被告和田建設に交付した点に過失がある。

8  被告和田建設の責任

被告和田建設は、原告会社が本事業を遂行していることを熟知していたのであるから、不利益事項が記載されている本件報告書の内容を第三者に伝えればそれが本事業の妨害となることを予見し、独自に裏付け調査を行ってその真実性につき確信を得た上でなければ公表を控えるべき注意義務があるのにこれを怠り、本報告書を関係者に配布し又はその内容を口頭で伝えるなどした点に過失がある。

9  事業挫折による損害との因果関係

(一) 本事業は地元に信用のある者との協力と地元民との密接な協力関係なくしては不可能なものであるところ、本件報告書の内容を信じたことにより被告和田建設は本事業への参加を取り止めた。また、これをきっかけに、地元に信用と実績のある訴外奥原もまた本事業から手を引いた。この時点で、あるいは遅くとも本件報告書の内容が地元民らに伝播された時点で、他の者が新たに事業を引き継ぐこと等も困難となって本事業継続が不可能となった。よって、被告らによる本件報告書の作成交付及びその内容の伝達行為と本事業挫折による損害の発生とのあいだには因果関係がある。

(二)(1) 本件では、本件報告書が依頼者以外の第三者に交付された結果本事業挫折による損害が発生したという事情が存するが、信用調査報告書が現代経済社会において有する機能・利用実態に鑑みれば、また、特に本件の場合は依頼者が個人ではなく銀行であったことをも考慮すれば、被告商工リサーチにおいて、銀行は便宜的に第三者のために依頼者となっており、調査報告書が依頼者以外の者の手に渡る可能性があることは十分予見可能であった。

(2) 企業の信用調査を依頼する場合背景に何らかの取引関係が存在することは一般的に認められるところであるから、原告会社の信用を毀損する内容の調査報告書を入手した被告和田建設及びその他の事業関係者がそれによって原告会社との取引を停止し、その結果本事業挫折による損害が発生したものである以上、右損害は被告らの不法行為から通常生ずべき損害として賠償の対象とされるべきである。

10  原告会社の被った損害

(一) 三〇〇万円

本件報告書が作成交付され、本事業関係者らにその内容が伝えられたことによって、原告会社はこれまで築いてきた名誉・信用を著しく傷つけられた。本件では更に、訴外清水稔から他の事業関係者らに本件報告書の内容が伝えられ、同人らを介して地元住民に広く伝播されていること、本件報告書の作成者が信用力のある業界大手の被告商工リサーチであって、宛先もまた高い信用力のある被告群銀であったこと等の事情を考慮すれば、原告が被った名誉・信用毀損による無形の損害は金銭に換算して三〇〇万円を下らない。

(二) 五二三八万円

本事業の継続が事実上不可能となったことにより、本事業のため原告会社が既に支出していた五二三八万円が回収不能となって原告は同額の経済的損害を被った。

11  よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として右損害金合計五五三八万円及びこれに対する不法行為成立の後の本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、名誉・信用を回復するための措置として別紙記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞の各群馬県版に別紙の掲載条件で一回掲載することを求める。

二  請求原因に対する認否等

1  被告商工リサーチ

(一) 請求原因第1項のうち、原告に関する部分は不知、被告商工リサーチに関する部分は認める。

(二) 同第2項は認める。

(三) 同第3項は不知。

(四) 同第4項は不知。

(五) 同第5項のうち、本件報告書の記載内容が原告主張のとおりであることは認める。右記載内容は実情に即したもので、原告会社の名誉・信用を毀損することはない。

(一)ないし(五)及び(七)の各記載は調査結果から常識的に判断される事実を記載したものであって誤りではなく、(六)の記載は、借入金が存在しないとの意味ではなくて不明であるとの意味である。(八)については、昭和六〇年度の決算がゼロであるとの記載には誤りはなく、わずか二年後の昭和六二年時点において「実績に乏しい」とすることは常識的に判断して妥当な記載であるから、右記載も原告会社の信用・名誉を毀損するものではない。

(六) 同第6項のうち、信用・名誉毀損の認識があったことは否認する。

過失については、(一)のうち、被告商工リサーチの調査員が原告主張の調査を行ったことは認め、原告主張の方法による調査義務の存在は争う。被告商工リサーチは民間の調査会社である以上、利用できる調査方法には制限があり、また、不適当な調査方法によるトラブルの発生を避けなければならないなどの限界が存在する。本件では、原告代表者及びその妻が明確に調査協力を拒絶していたことから更に調査を続行することによるトラブル発生のおそれが強かったため、やむなくそれまでの調査をもとに本件報告書を作成したのであって、被告商工リサーチとしては可能なかぎりの調査は尽くしており調査義務違反の過失はない。表現方法に関する義務違反については否認する。本件報告書の記載内容は真実であり、読む人に誤った印象を与えることはない。(二)のうち、依頼者が銀行であったことは認め、その余は否認ないし争う。被告商工リサーチは、本件報告書の内容を他に漏洩することにないように被告群銀に対し厳重な守秘義務を課しており、万一他に漏れた場合には被告商工リサーチはその責任を負わない旨の約束をするなど秘密保持については万全を期しているのであるから、本件報告書は、被告群銀に対する単なる私信に過ぎず、そもそも原告会社の名誉又は信用を毀損するおそれがないのみならず、本件報告書が第三者の手にわたることの予見可能性も存在しなかったものであるから、被告商工リサーチに過失はない。

(七) 同第9項(一)は否認する。被告和田建設が本事業への参加を取り止めたのは、同一地域に既に産業廃棄物処理場を建設していた同業者との関係を顧慮したためであって本件報告書の内容を見たためではなく、また、訴外奥原も、本事業の困難性からもともと乗り気ではなく手を引くことを考えていたのであって、本件報告書が作成交付されたことと両者が本事業から手を引いたこととのあいだには因果関係が存在しない。

本件報告書の内容が地元民に伝播されたことは否認する。仮に伝播の事実があったとしても、本事業はおよそ達成困難で実現可能性のなかったものであるから、右事実と本事業の挫折とのあいだには因果関係が存在しない。

(二)(1)のうち、報告書が依頼者以外の第三者に交付されたこと、依頼者が銀行であったことは認め、その余は否認する。被告商工リサーチは、依頼者である被告群銀に本件報告書を交付する際に秘密厳守を義務づけており、右報告書が第三者の手に渡ること、まして多数の者にその内容が伝えられるなどということはおよそ予見可能性のない異常な事態であるから、仮にこのような事実がありそれによって原告が損害を被ったとしても、右損害と被告商工リサーチの行為とのあいだには相当因果関係がない。(2)は争う。

(八) 同第10項(一)のうち、原告会社の名誉・信用が傷つけられたことは否認し、損害の額は争う。(二)は否認し、損害の額は争う。

2  被告群銀

(一) 請求原因第1項のうち、原告に関する部分は不知、その余は認める。

(二) 同第2項は認める。

(三) 同第3項は認める。

(四) 同第4項は不知。

(五) 同第5項のうち、本件報告書の企業規模・経営診断評点の格付欄が空欄となっていることは認め、その余は不知。

(六) 同第7項はいずれも否認ないし争う。被告群銀は、被告和田建設から原告会社の信用調査の仲介を依頼され、被告商工リサーチを紹介したものであって、被告群銀が被告商工リサーチの会員であったことからその名義で申し込んだにすぎない。すなわち、実質上の依頼者は被告和田建設であって被告群銀は仲介者にすぎないのであるから、被告商工リサーチから交付された本件報告書をそのまま被告和田建設に交付するのは当然であり、原告主張のような注意義務は存在せず、被告群銀には過失はない。

(七) 同第9項(一)は否認する。本件報告書の内容が被告和田建設及び奥原に伝わったことと本事業の挫折との間には以下の点で因果関係が存在しない。すなわち、

(1) 右両名は、本件報告書の内容を知った後、直ちに原告代表者から本件報告書の記載内容が実際と異なっている旨の説明を受けて原告会社の実態を理解しており、そのうえでなお本事業への不参加を決めているのであるから、本件報告書の内容を知ったことと協力を取りやめたこととの間には因果関係がない。

(2) 被告和田建設及び奥原が本事業に協力しないとしても、他に協力者を探して事業を続行しようとすれば十分可能だったのであるから、本件報告書の交付と本事業挫折との間には因果関係がない。

(3) 仮に報告書が「流布」された事実があるとしても、それは本事業を停止するという結論が出されたあとに、しかも、清水ら原告側の人間によって行われたことであって被告和田建設の行為によるものではないから、被告群銀が本件報告書を被告和田建設に交付したこととの間には因果関係がない。(二)(2)は争う

(八) 同第10項(一)は不知、(二)は否認し、損害の額は争う。

3  被告和田建設

(一) 請求原因第1項のうち、原告に関する部分は不知、被告和田建設に関する部分は認める。

(二) 同第2項は不知。

(三) 同第3項は不知。

(四) 同第4項のうち、(一)及び(二)の事実は認め、(三)の事実は否認する。被告和田建設は、清水以外の関係者に報告書の説明をしたことはない。

(五) 同第5項のうち、報告書に原告主張の記載があることは認め、その余は不知。

(六) 同第8項は否認ないし争う。

(七) 同第9項(一)は否認ないし争う。報告書の内容が伝播された事実はなく、本事業は代替可能な事業であって容易に継続できたはずのものであり、したがって、被告和田建設が本件報告書の内容を他に伝えたことと本事業の挫折との間には因果関係がない。(二)(2)は争う

(八) 同第10項は不知。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実のうち、被告商工リサーチが商工業に関する調査等を目的とする会社であること、被告群銀が地方銀行であること及び被告和田建設が土木建築請負等を主たる目的とする会社であることはいずれも各当事者間に争いがなく、原告が建物解体工事一般・産業廃棄物業等を主たる目的とする株式会社であることは〈証拠〉により認められる。

二請求原因2ないし4の各事実は〈証拠〉によりこれを認めることができる。

三1  請求原因5の事実のうち、本件報告書に原告主張の(一)ないし(八)の各記載が存在すること及び本件報告書の企業規模・経営診断評点の格付欄が空欄となっていることは、本件報告書である前掲〈証拠〉によりこれを認めることができる。

2  本件報告書の右認定の内容を客観的に考察すれば、本件報告書は、これを読む人をして、調査時点である昭和六二年一〇月現在において、原告会社に事務所がなく、支店及び取引銀行は原告代表者の経営する有限会社上越興業と兼ねており、従業員は六〜七名で機械類の所有もなく、借入金も存在しないうえ、固定資産を所有しておらず、資金調達能力もない、営業実績に乏しく、企業規模・経営診断評点の格付の最低ランクにも達しない会社であると印象づけるものというべきである。

もっとも、企業規模・経営診断評点の格付欄が空欄となっている点については、資料不足で採点不能との意味に理解する余地もないではなく、証人関根教夫の証言中にはこれに副う供述も存在するが、他方、〈証拠〉によれば、本件報告書には資料不足である旨の断り書きは何ら付されておらず、所見欄、営業内容欄等の記載はむしろ断定的な表現で記述されていることが認められ、また、証人清水稔の証言によれば、現実に本件報告書の内容に接して、原告会社を格付の最低ランクにも達しない会社であると理解した者がいたことが認められ、右各事実に照らせば、本件報告書の企業規模・経営診断評点の格付欄が空欄であることは、本件報告書の他の記載部分と相待って、これを読む人をして原告会社が格付の最低ランクにも達しない会社であるとの印象を与えるものと認めるのが相当である。

また、本件報告書中の昭和六〇年度の決算が売上・利益共にゼロであるとの記載については、そのゼロである事実自体は当事者間に争いがなく、したがって、被告商工リサーチは、本件報告書には原告会社の営業実績について誤った記載がない旨主張する。しかしながら、本件報告書の内容が原告会社の営業実績に関する信用を毀損するものといえるか否かの判断は、個々の記載を取り出してその内容を独立に検討すれば足りるものではなく、報告書全体を一つの表現手段として捉え、それを読む人が一般にどのように理解するかをも基準としてされるべきものである。本件では、調査時点が昭和六二年一〇月となっていることに加え、報告書中、固定資産も有しておらず資金調達に余力もないとの記載及び実績に乏しい旨の所見欄の評価等他の部分の記載内容をも合わせると、これを読んだ人は、昭和六二年現在の評価としても、昭和六〇年当時と特に変化がない営業実績の会社であるとの印象を植えつけられるものと解されるから、昭和六〇年度の決算としては事実を記載しているとしても、本件報告書が昭和六二年一〇月当時の原告会社の営業実績に関する信用を毀損するものでないということはできない。

更に、被告商工リサーチは、「借入金の存在は聞かれない」との記載は借入金が存在しないとの意味ではなく不明との意味であると主張するが、本件報告書の記載を全体としてみた場合、固定資産も有しておらず資金調達に余力もないとの記載及び実績に乏しい旨の所見欄の評価等とも相待って、「借入金の存在は聞かれない」との表現は現実に借入金が存在しないとの意味に理解されるのが通常というべきであるから、被告商工リサーチの右主張は理由がない。

3  そこで、本件報告書の右2認定のような表現内容が原告会社の信用に関する社会的評価を低下させるものといえるかに関し検討するに、〈証拠〉によれば、原告会社の実態については、次の事実、すなわち、原告代表者自宅二階に一応の事務設備がある事務所を有していること、支店及び取引銀行を有限会社上越興業と兼ねているとの事実はないこと、昭和六二年当時従業員数は約二七名であって、営業の本拠地である赤羽支店には解体用エア・コンプレッサー、トラック七、八台等各種機械類を所有しており、計一七五九万円の借入金が存在したこと、移転前の本店所在地には会社所有の不動産も存在し、資金調達も可能であったこと、昭和六二年度の年間売上高は約三億三八八五万円、同所得金額は約三六二一万円であったこと、したがって原告会社は企業規模・経営診断評点の格付の最低ランクにも達しないものと評価すべき会社ではなかったことの各事実が認められる。

4  以上認定の事実によれば、本件報告書には、記載内容の一部に虚偽があり、原告会社の経営実態に即した信用に関する社会的評価を低下させるおそれのある表現があるというべきである。

四本件報告書を作成して被告群銀に交付した被告商工リサーチに原告主張のような過失があったか否かにつき判断する。

1  被告商工リサーチの調査員である訴外関根教夫(以下「関根」という。)が本件報告書作成に際し、浦和法務局において法人商業登記簿謄本及び原告会社本店所在地の不動産登記簿謄本を閲覧したこと、原告会社の登記簿上の本店は原告代表者自宅であって同人の個人所有となっており、抵当権も個人を債務者とするもののみであったこと、右関根が埼玉県庁において原告会社の昭和六〇年八月一〇日付建設業許可申請書を閲覧したこと、以上の各事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右申請書には、第一〇期(昭和五九年四月一日から昭和六〇年三月三一日まで)の営業報告書として、原告会社が休業状態にあり売上高がない旨の記載及び第一一期より営業活動を再開し建設業者として再スタートをきる旨の記載があることが認められ、証人関根教夫の証言によれば昭和六一年以降の原告会社の決算についてはそれを知りうる資料がまだ公開されていなかったことが認められる。また、関根が原告代表者宅を訪問し、同人の妻に面会して調査協力を依頼したが拒絶されたこと、更に原告代表者に対し電話で調査協力を依頼したことは当事者間に争いがなく、証人関根教夫の証言によれば、原告代表者からも調査には応じられないとして拒絶された事実が認められる。この点につき、原告は、電話での調査には応じられないと述べたにとどまり調査に応じること自体を拒絶してはいないと主張するが、原告本人尋問の結果中右主張に副う供述部分は証人関根教夫の反対趣旨の証言に照らし信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の認定事実並びに前記一及び二の認定事実に基づいて考察する。

一般に信用調査が行われるのは、特定の営業主体である個人又は法人たる被調査者と直接又は間接に取引関係を開始し、継続し、変更し、又は終了しようとする相手方が存在し、その相手方が右の開始、継続、変更又は終了の意思決定をする上で、被調査者の信用に関する事実関係についての真実で妥当な調査結果を、直接又は間接に、必要とし、又は参考に供しようとするからにほかならない。そして、その場合、建設業等の営業主体が被調査者である場合については、その営業主体に係る取引関係は、請負の発注・受注の関係のみならず、元請・下請・共同施工関係、設計関係、立地等に関する調査企画等の媒介関係、資材・機械類の購入関係、相当長期の工事期間中に必要となる相当多額の決済資金の融通に関する借入関係等の多方面に及ぶのが通常であり、かつ、右の取引関係の相手方と更に取引関係に立つ者(被調査者との間接的な取引相手方)を考えると、被調査者に関する調査結果が必要とされ、参考に供される場合が極めて多いことにならざるを得ない。そして、企業一般についての信用調査を業とする者がする調査の結果については、前記のような意思決定の機会において相当に信頼されてその意思決定に程度の差こそあれ影響を及ぼすものであるから、その調査結果が真実でなく、誤ったものであるときは、その調査結果は、被調査者の名誉・信用を損なう具体的な危険性を包含するものとなる。

しかも、企業の信用に関する事実関係についての調査結果が必要とされ、又は参考に供される場合が前述のように多いことに鑑みると、企業一般の信用調査を業とする者の調査結果がその直接の依頼者の手元に最後までとどめ置かれることはむしろ例外であって、右のようにそれを必要とし、又は参考に供しようとする者に伝わる可能性が少なくないと見込まれる。とりわけ、本件のように銀行が信用調査を業とする者に対して調査結果を求めてその依頼者となるときは、自らの銀行取引の相手方を被調査者とすることは異例である(銀行取引の相手方の信用を自ら調査する能力がなくては銀行業務はそもそも成り立たないであろうし、他人による信用調査に専ら基づいて貸付その他を行った場合においてその貸付等の取引の相手方の信用についての判断に過誤があったときに、その信用調査を行った他人にその過誤の責任を負わせて銀行の貸付等の取引担当者が免責されるということにもならないであろうし、実際にも、銀行は、一般に自らその取引相手方の信用に関する調査を行っているのがその日常的業態というべきである。)から、一般にその銀行が顧客の経営上の判断の便宜に資するためのいわば顧客に対するサービスとして調査結果を求めている事態が含まれており、したがって、いったん信用調査を業とする者がその被調査者に関する調査結果を依頼者たる銀行に文書で伝えると、その文書が銀行の顧客等の第三者に速やかに伝えられる可能性が大きいことになる。

以上に見たところからすれば、一般に、企業の信用調査を業として行う者が特定の企業の信用に関する事実関係についての調査を銀行から依頼されたときは、真実でなく誤った調査結果によって被調査者の名誉・信用を傷つけることのないよう事実関係を十分に調査した上で慎重に報告書を作成すべき注意義務があるというべきである。他方、民間の信用調査会社には、調査のための強制力がないのみならず、不適当な調査方法をすることによって被調査者又は依頼者に損害を被らせたり、これらの者との間でトラブルを発生させたりすることを避けなければならない等その調査の方法の制限や費用及び時間の関係における制約があることも考慮すべきであるが、しかし、これらの事情により被調査者の信用に関する事実関係についての調査を尽くすことができず、したがって十分な調査に基づく評価をすることもできないまま調査報告書を作成せざるを得ない場合が生じたときにも、その調査不十分を隠して真実でなく誤った調査結果の記載となるような憶測、当推量等による表現をしてはならないのはいうまでもなく、調査状況に応じ調査が尽くされない資料不十分なままの一応の調査結果であることとそれに基づく一応の評価であることを適切に表現すべき義務があるものといわなければならない。

そこで本件についてみるに、調査員関根が行った前述のような調査では昭和六二年当時における原告会社の実態を把握するには不十分であり、更に取引先及び従業員からの聴取調査、営業本拠地である赤羽支店の訪問調査、直接原告代表者を訪ねて面談を申し入れ、調査項目に即して詳しく聴き取る等他に採りうる手段が全くなかったということはできないが、原告代表者が拒絶の意思を明示しているという前記事実関係の下では、その事実を考慮しこれ以上調査を進めることでトラブルが生じて調査会社自身のイメージに傷がつく危険性を重視して、一般に公開されている書類の閲覧以上の踏み込んだ資料収集を避けることにしたとしても、それは一の調査の実施方法として是認しうるところであって、そのこと自体をもって調査が不十分であるとまでいうことはできない。また、移転前の会社所在地における不動産登記簿謄本の閲覧については、当該地に不動産を所有する可能性をうかがわせるような事情が存在したことを認めるに足りる証拠がないから、右謄本を閲覧していないことをもって調査が不十分であったものとは認められない。

しかしながら、前述のように、本件調査は昭和六二年当時における信用調査であるところ、関根の行った調査では右時点における原告会社の実態を把握するには資料不十分であったことは明らかである。また、証人関根教夫の証言によれば、同人自身も資料が不十分であることの認識を現実に有していたことが認められる。このような不十分な資料をもとに信用調査報告書を作成するのであれば、前示のとおり、判断資料が不十分である旨を報告書中に記載し、作成者自身の評価等を記載するにあたってもその結論を導き出すに至った判断過程・根拠資料を示すなどして、右報告書がこれを読む人に誤った印象を生ぜしめ、その結果原告会社の名誉・信用を不当に傷つけることのないようその表現上適切な配慮をすべき注意義務を負ったものというべきである。

しかるに、被告商工リサーチは、右のような表現上の適切な配慮を全くすることなく、前記三、1及び2に認定したとおり、あるいは断定的に過ぎる記述、あるいは全体的意味連関を無視する記述等をして、読む人をして原告会社が前記三、2に判示したような会社であるとの印象を与える本件報告書を作成し、これが前記三、3及び4に判示したように原告会社の社会的評価を低下させるおそれのある表現を含むものとなったのであるから、被告商工リサーチには本件報告書を作成するにあたりその表現上適切な配慮をすべき前記注意義務を怠った過失があるといわざるを得ない。

2 被告商工リサーチは、本件報告書の内容を他に漏洩することがないよう被告群銀に対し厳重な守秘義務を課すこと等によりその秘密保持について万全を期しているから、本件報告書は被告群銀に対する私信にすぎないのであって、そのような本件報告書の作成にあたっては、被告商工リサーチが原告会社の名誉・信用を不当に傷つけることのないよう事実関係の調査を尽してこれを作成すべき注意義務を負うこともなければ、資料が不十分な場合においてその表現上適切な配慮をすべき注意義務を負うこともない旨主張する。

なるほど、本件報告書中には秘密厳守を求める趣旨の記載があることはいずれも当事者間に争いがなく、かつ、〈証拠〉によれば、本件報告書中に被告商工リサーチが「本報告書について損害賠償の責を一切負わない」旨の記載があることが認められるが、このような記載があっても、依頼者である被告群銀が被告商工リサーチの調査を信頼してその調査結果に誤りがないと思料すれば、そして、その信頼が大きければ大きいほど、その調査結果は貴重な情報となり、したがって、顧客へのサービスのために速やかにその調査結果を伝えることに関し被告群銀にためらいが生ずるはずがないし、間をおかないで顧客に伝えることが当然の成行きとなるから、前記の記載があることをもって本件報告書を単なる私信と目することはできない。のみならず、被告商工リサーチが本件報告書を被告群銀に交付する際に、資料が不十分で記載内容が真実でなく誤ったものである可能性があることを指摘して、これを第三者に伝えないように注意をした事実は本件証拠上全く認められないのである。

そうしてみると、被告商工リサーチが本件報告書の内容の秘密保持に万全を期したものとはいえず、たとえ本件報告書中に秘密厳守を求める趣旨の記載が存在したとしてもなお、本件報告書が第三者の手に渡り、その内容が伝えられることによって原告会社の信用が毀損されるべきことは十分予見可能であったというべきである。

五次に、被告群銀が原告が請求原因7、(一)及び(二)において主張するような各注意義務を負うものかどうかについて検討する。

請求原因7の事実のうち、原告会社の進めていた本事業に関連して信用調査が求められていたことを被告群銀が認識していた事実は証人宮崎光泰の証言により認められるが、他方、同証人の証言によれば、被告群銀は取引先の被告和田建設から原告会社の信用調査の仲介を依頼され、被告群銀が被告商工リサーチの会員であったことから被告群銀の名義で被告商工リサーチに原告会社の調査を申し込んだことが認められるところ、右事実によれば、被告群銀は顧客である被告和田建設の経営上の判断の便宜に資するため右の申込みをしたものというべきであるから、被告群銀が被告商工リサーチから受け取った本件報告書に原告会社に不利な内容の記載があろうとなかろうと、被告群銀がその内容を必要とする被告和田建設に対してそのままこれを交付することはいわば当然の行動というべきである。

もっとも、被告群銀が本件報告書を受け取った際に、仮に被告商工リサーチの調査につき信頼できず、又は本件報告書の内容が原告会社の信用に関する事実関係について真実でなく誤った調査結果を記載したものとなっていることを疑うべき事情が具体的に存した場合にも、これをそのまま被告和田建設に交付するか、被告商工リサーチに再調査を求めるか、又は自ら原告会社の信用調査をするかは、被告和田建設との関係では、一概に言うことができないが、原告会社との関係においては、本件報告書が原告会社の信用に関する事実関係について真実でなく誤った調査結果を記載しているものであることを被告群銀が認識したとの事情がない限り、被告群銀に本件報告書の取扱に関して原告会社の名誉・信用の保持のための何らかの措置を講ずるべき注意義務が生ずることはない筋合いである。そして、本件全証拠によっても、被告群銀が右の認識を有したことは認められないのである。

そうしてみると、被告群銀が原告主張のような前記の各注意義務を負うものとは到底認められない。

六続いて、被告和田建設が原告主張のような調査義務を負うものかどうかにつき検討するに、被告和田建設は前記のとおり原告会社が計画中の本事業への参加を検討中であったものであり、すなわち、原告との取引関係を開始するかどうかの自由な意思決定を考量中であったが、〈証拠〉によれば、被告和田建設としては、本事業への参加を取り止めることにし、本事業から手を引くにあたって、かねて本事業への参加を要請し、呼びかけてきていた清水及び奥原に対し手を引く理由を示す必要があって本件報告書を両名に見せたことが認められる。

右認定事実によれば、被告和田建設が清水及び奥原に本件報告書を見せたことは、取引関係の開始いかんを巡る取引交渉中の行動として何ら問題のない行動といわなければならない。もっとも、被告和田建設が本件報告書が原告会社の信用に関する事実関係について真実でなく誤った調査結果を記載したものであることを認識していたのであれば別論であるが、本件全証拠によっても、被告和田建設がその認識を有していたことは認められない。

そうすると、本件報告書を受け取った被告和田建設がそこに原告会社に不利益な事項が記載されているのを知ったとしても、原告主張のように被告和田建設が更に独自に裏付調査をして真偽を確認すべき注意義務を負うものとは到底認められない。

七本件報告書と本事業挫折との関係

1  〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  訴外清水稔は昭和六二年初めころから、原告会社の計画する本事業に参加することとなり、原告会社から資金を受け取って近隣地権者との交渉及び土地買収等を行っていた。そのころ、訴外奥原義登は、土地家屋調査士及び行政書士の資格を有していたことから清水から協力を依頼され、同年五月二八日、廃棄物処理場建設許可取得の可能性についての調査報告書を作成した。

(二)  奥原は引き続いて、事前協議手続のための関係官庁との交渉、書類作成等の作業に従事することになっていたが、右作業量が膨大であって同人の手に負えないと思われたため、従前から仕事を通じて協力関係にあった被告和田建設の取締役総務部長訴外宮崎光泰に右作業の協力を依頼することとし、また、開発許可が下りた場合には被告和田建設に建設工事を発注する計画を立て、清水を通じて宮崎に右の依頼と計画を申し伝えた。被告和田建設では、原告会社が地元の会社ではなくその経営内容が全く把握できないこと、取引額としては相当巨額になると予想されることなどから原告会社についての信用調査を行うこととし、取引銀行であった被告群銀にその仲介を依頼した。

(三)  昭和六二年一一月ころ、被告和田建設は被告群銀を通じて本件報告書の交付を受け、会社内部で検討した結果本事業への参加を取り止め、本事業から手を引くとの結論に達し、清水及び奥原に本件報告書を示してその旨伝えた。その際、報告書に記載されている原告会社の資産・営業内容が思わしくないことのほか、主として、そのころ近接した安中市において他の同業者が産業廃棄物処理場建設の許可を取得しており、更に被告和田建設がこれとは別の産業廃棄物処理場建設計画に参加したということになると同業者との間でトラブルが生じるおそれがあることを理由として述べた。

(四)  奥原は、もともと本事業に乗り気ではなく、計画を進める上で地権者の同意を得ることの困難性、膨大な事務量、近隣住民からの反対も予想され結果がどうなるか全く予測がつかないことなどに加え、当該地域には法務局の地図上に地番のない不明地が多くその処理が難航していたことから、何かきっかけがあれば本事業から手を引きたいと考えていたところであったため、宮崎の協力が得られなければ到底作業の継続は不可能であるとして、本件報告書の内容を精査することなくその場で本事業への協力を取りやめることを告げた。

(五)  その直後、清水から原告代表者前田智久に電話して右事情を伝えたところ、前田は即座に原告会社の決算報告書、納税証明等を持参し、清水及び奥原に対して、会社の実情を説明するとともに本事業への協力の継続を依頼したが、奥原は特に理由を示すことなくこれを拒絶しそのまま本事業から手を引いてしまった。宮崎に対しては、前田から説明を受けた清水がその直後電話をかけ、本件報告書の内容が実態と異なることを説明した上、原告会社の資料等を見せるので考え直してほしいと申し入れたが、宮崎はその場で再考を断った。

(六)  その後、清水は本事業関係者ら数人に本件報告書の内容を口頭で伝えたところ、その内容にかかわらずなお本事業の継続に意欲的な態度を示す者もおり、清水自身も、奥原に代わって事業を進めてもらうべく他の測量業者に依頼するなどしたが、当初は応諾してくれたものの特に理由を示すことなく途中で下りてしまった。清水も、また前田自身も、それ以上他の業者に依頼したり、被告商工リサーチに対して報告書の記載の訂正を求めたりなどすることなく、また、自ら進んで本事業に必要な作業を続けることもせず、本事業は中断されたままになった。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右の認定事実によれば、本事業はその事業の性質上通常予想されるタイプの反対運動等の困難性のほかに、用地買収の困難性、他の同業者による計画との競合等その解決が容易でない問題を伴うものであった上、いったんは協力の姿勢をとった被告和田建設にしても奥原にしても、右の諸問題を感じもともと本事業に対し消極的になる動機を抱懐していたところ、奥原においては、本件報告書の内容が知らされた直後に前田が書類を示して原告会社の実態を説明したにもかかわらず、ほとんどその説明内容に関心を示すことなく本事業から手を引いてしまい、宮崎にしても、清水から電話で説明と説得とを受けたにかかわらず全く考え直す姿勢も示さずに即座に再考を拒絶しているのであって、これらの者にとっては、本件報告書の内容が悪かったことはこれらの者が本事業から手を引く口実に過ぎず、これらの者が手を引いた主たる原因は本件報告書以外の事情にあったものと解するのが妥当である。

右の点に関し、〈証拠〉によれば、他の同業者が産業廃棄物処理場建設許可を取得していることは当初から被告和田建設において認識しており、被告和田建設は、その認識がありながら、いったんは同社の名前を伏せて原告会社の本事業に協力する方向で検討をしていた事実が認められ、また、証人奥原義登の証言によれば、奥原自身は本事業に乗り気ではなかったものの、依頼を正当な理由なく拒絶できず仕事として引き受けた以上態勢が整えば協力してやっていかざるを得ないと考えていたことが認められるのであるが、これらの事実があっても、本件報告書が見せられた直後に、前田らが資料を示す等して原告会社の実態を説明しようとしたのに対してその際に両名がとった態度を見ると、被告和田建設も奥原も原告会社の実態如何すなわち本件報告書の内容如何にかかわらず、その段階をかっこうの潮時と見て本事業から手を引くとの意思決定をしたものと認めるのが相当である(本件報告書が出たこと自体が原因となって奥原らの協力を得られなくなったというのであれば、原告としては、被告商工リサーチに対して報告書の記載の訂正を求める等した上、再度奥原らに対し協力を要請するか或いは他の業者等に依頼するという方策をとり得たにもかかわらず、原告が何らそのような行動にでていないことに鑑みても、本事業の挫折が本件報告書の内容によって生じたと解することは妥当でない。)。

したがって、被告商工リサーチが本件報告書を作成したことと本事業が挫折したこととの間に因果関係を認めるのは相当でない。

八損害の発生及びその額

1  信用毀損による無形の損害について

前記認定のとおり、原告会社の名誉・信用を毀損するおそれのある内容の記載された本件報告書が被告群銀から被告和田建設に交付された上、その内容は本事業の協力者であった清水及び奥原に伝えられており、また、前掲清水証言によれば清水から更に本事業の関係者五、六人にも伝わっていることが認められるのであるから、その結果原告は被告商工リサーチが作成した本件報告書によってその名誉・信用を毀損され、無形の損害を被ったことが推認される。しかしながら、右以上に広く地元住民に伝播したことを認めるに足りる証拠はなく、かえって〈証拠〉によれば、本事業の関係者以外の人から本件報告書の話題が出たことがないことが認められる。

そこで、原告が被った無形の損害の額は、本件報告書の影響力及びその虚偽性の程度、原告会社の規模・営業状況、被告商工リサーチの義務違反の程度及び事後の対応等諸般の事情を総合考慮し、金五〇万円をもって相当と認める。

2  謝罪広告の必要性について

前示のとおり、本件報告書の内容が広範囲にわたって伝播していることを認めるに足る証拠はなく、現時点で本件報告書の内容を認識しているのは本事業の関係者等限定された範囲の人々のみであること、今後本件報告書の内容が広く流布される現実的危険性をうかがわせるような事情も見当たらないこと等に鑑みれば、本件において謝罪広告を命ずる必要はないものと認められる。

九結論

以上の次第で、本訴請求は、被告商工リサーチに対し前判示の信用毀損の不法行為による損害賠償金五〇万円及びこれに対するその不法行為の後の日である昭和六三年四月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度おいて理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官雛形要松 裁判官北村史雄 裁判官増森珠美)

別紙〈省略〉

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